梅北地下道閉鎖で世間の声は?100年の歴史や思い出のエピソードを調査!

こんにちワッショイ!!!・・・・とはいうものの。何ともこの空元気感…(/ω\)

 

梅田の地下道がへへへへへ、閉鎖だとぉぉぉぉ(;´Д`)

ってことで…おそばせながら、月島です。

 

今日はそんな、一部が閉鎖されることが発表され…将来的に(ってゆうか2024年ころまでってことで7年後か…)その100年の歴史に幕を閉じることが決まってしまった

JR大阪駅北側の梅北地下道、通称《うめきた》に注目したいとおもいます(__)

 

 

さ、さみしーーー(*´Д`)…な、感じで世間の声はどんな感じなのでしょうか(/ω\)??

 

さらにさらに、、ここで知る、100年の歴史って(;´・ω・)!!そんなに凄かっただなんて知らなかったのですが

いったいその100年にはどんな歴史があるのか

 

さらに、【うめきた×わたし】な皆様の思い出のエピソードなんかがあるのかについても

詳しく見てみたいとおもいます(*´Д`)

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梅北地下道。通称《うめきた》ってどんなところ?

 

はい、それでは《うめきた》について見てみたいとおもいます!

 

 

梅北地下道

 

・通称 うめきた

・場所 JR大阪駅北側のグランフロント大阪と梅田スカイビルの間の歩行者用地下道

・長さ およそ200メートル

・出来たとき(歴史) 戦前の1928年に旧国鉄・梅田貨物駅の地下に建設

・いつまで?

2017年12月ごろ東側の165メートルが閉鎖。

2024年ごろに残り40メートルも閉鎖予定。

(出典:https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170922-00010008-asahibcv-l27)

 

っという訳なのです。

 

ゆうても、筆者は神奈川県民であり、普段から利用されているお人々の悲しみに比べたら…もう全然でしゃばったこととか言えないのですが。。。

 

じつは大阪に2回ほどお邪魔させていただいたことがあって、っても単なるぷらり旅行程度のものだったのですが…

 

 

あの、あの地下の通りで食べた串カツやさんもなくなってしまうということなのでしょう―――ぅ(ToT)/~~~。。とおもってあの思い出を振り返ると、何とも寂しい気持ちになります。

 

なんてったって100年もあるというのですから筆者のように大阪に住んでなくても、大阪に行ったことがあるお人ならば・・・一度は歩いて通ってらっしゃるのではないのでしょうか(/ω\)

 

ところで100年の歴史って凄くないですか(*´Д`)?!!

この閉鎖に伴って知る凄さの切ないことこのうえないけれど…(/ω\)

(一生を全うされてから有名になる的な、世界に名を馳せる画家さんのような。。。)

 

詳しく100年の間にどんな歴史、出来事があったのか知りたくって【梅北地下道 歴史】とか【梅田地下道 事件】だなんて具合に検索してみたんですけれど…

 

とにかく出てくる記事は今回の閉鎖に伴うニュースばかりで、もはや100年間の歴史の中で幕を閉じることが決まってしまった言葉一番の“事件”のようです(*´Д`)

 

みんな寂しくおもっているのではないのでしょうか(/ω\)??世間の声はどんな感じなのか、ちょっと見てみたいとおもいます!!

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一部閉鎖、7年後には完全閉鎖を受け、世間の声は?

 

世間さまの声というのはこんな感じのようで、こちらにもお借りしてまいりましたです<(_ _)>

 

 

 

 

 

 

寂しむ声もありましたが一番は普段から利用されている方の

《じゃぁ今後どうすんのさ!!》な不便を訴えかけるリアルな声(*´Д`)

 

都市開発って事で駅が大きくなるのだと思うけど、こういった普段から利用される方がもっともっと便利になるような工事になるといいのですけれど・・・(*´Д`)

 

ちなみにですね、なくなることでどーーーすんのよぅとお困りのお方(;´・ω・)

なんだか、こちらのツイートの方を読ませていただくと

 


と、今までの地下道に替わる何か今作っている??!!な動きもあるようなので、少しは安心しても大丈夫なのかもしれませんです(‘◇’)ゞ

 

そして筆者同様、その100年もあった歴史に驚かれているお人もなかには結構いいらっしゃるようでした(*´Д`)

《うめきた×わたし》なエピソードまとめてみました

 

そんな感じで、筆者は旅行の時に数回通ったことがある程度の思い出ではありますが(/ω\)

 

きっと思いで深いお人もいらっしゃると思うのですよね。

 

100年も地下にあってくれたのですから、きっとなんらかのドラマが・・・・(´・ω・`)

 

っということでそんな感じの内容をこちらにもお借りした参りました<(_ _)>

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・。うん!!!

やっぱりそれぞれのドラマがここ《うめきた》にはあるようでした(/ω\)

 

いま、皆様の思い出に筆者も触れさせていただいて、あの時の感情が一気にフラッシュバック(´・ω・`)

それはもうバックトゥーザフューチャーくらいなのです(;´Д`)←

 

ってことでその別れのときまでまだ少しばかり時間があるので、思い残すことのないよう…筆者も大阪にちょっと行こう…(;´Д`)と、99%本気でさらには新幹線の手配まで始める始末の筆者ツキシマなのでした。

まとめ

 

今日は梅北地下道について書いてみましたがいかがだったでしょうか?

 

なんかあったものがなくなるのは寂しい気持ちになってしまいます(/ω\)

この寂しさも、なにか新しいわくわくのための試練みたいなものなの???

 

うめきたについてまた何かわかったことがございましたらこちらにその都度追記させていただきます<(_ _)>

 

本日は最後までお読みくださってありがとうございました<(_ _)>

 

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